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■30歳を過ぎたら
生まれてから30歳まで、ハッピーだったひとも、そうでなかった人も、30歳は現代でいえば人生の分水嶺(ぶんすいれい)です。
そろそろ来た道と行く道を再点検してみる時期と考えるのが良さそうです。
およそ30代までは人からの恩恵を受けて育ってきているはずです。
若いときは自分から人に与えるものがない時期ですから、色々な恩恵を受けることを当然のように考えて生きてきているはずです。
そして、人生も40代からは与える方の立場にトレンドは移り変わっていきます。
それに気づかないで40代になっても受ける方の気持ちのままでいると、大人になれないおじさんおばさんになるしかなくなります。
実力を付けておかないと与える方に回れないですから、遅くも30代までに色々な実力を付けておくことです。
仕事のスキルでもいいし、人間性でもいいし、人に貢献できる知識や特技でもいいのです。
30歳で来た道を振り返れば、まだ間に合います。

■みほこはモテる
モテる人に共通することがあります。それは人を肯定する習慣です。
モテない人に共通することがあります。それは人を否定する習慣です。
「人を認める・人をほめる・人を肯定する」この3つを実践すればモテるようになります。
「人を認めない・人をけなす・人を否定する」この3つを実践すればどんなに容姿が良くても必ず嫌われます。
「認める・ほめる・肯定する」 の頭文字をとって「みほこ」の法則といいます。だからモテたい人は「みほこ」を身につけたいものです。
でも、本心から肯定したりほめたりしないと効果半減しますのでご注意を。

■性聖堂々(せいせいどうどう)
人生をがんばってきている人は一般的に性欲も旺盛です。
「性欲」とは種族保存の目的を持った動物的エネルギーを指します。
「聖欲」とは神近き方向に向かう精神的向上心を指します。
つまり人間には、動物欲達成欲求と精神的向上欲求の2種類のエネルギーが流れているということです。
性欲も食欲も動物的欲ですが、無ければ困るし、ありすぎてコントロールできなくても困ります。
とくに20代のうちは性欲エネルギーが盛んな年代ですから、振り回されてしまうことが多いものです。
もし20代で性的に行き過ぎたとしても、30代40代で聖欲の方にウェイトをかけることで挽回できます。
そう、 「性欲」と「聖欲」とのバランスをとって生きることを「性聖堂々(せいせいどうどう)」の人生いといいます。

■自分の部屋を「快」にしよう
今あなたが生活している自分の部屋は快適でしょうか?
その昔のバブル時代には家電製品がたくさんあることをもって、快適な暮らしのバロメータにした時代もありましたが、
今は「清潔」「シンプル」「イメージづくり」が快適な部屋の3要素です。
まず第一は「清潔」。
ゴミや不要品を部屋の中に放置しないことです。
ほこりや汚れも定期的に拭き取りましょう。これだけでも清潔な雰囲気になります。
第2は「シンプル」。
散らばっている本や洋服は整頓することです。使う頻度の少ないものは押入に入れるか処分するか...処置します。
そして第3は「イメージづくり」。
自分が望んでいるテーマの雰囲気を部屋に持たせる工夫です。
心の安らぎが欲しいときは「花・植物」を置いたりします。恋人が欲しい人は、恋人と行ってみたい旅先の綺麗な写真もいいと思います。
仕事で発展したい方は、成功イメージにつながる写真や、コトバなどを掲げておくのもいい方法です。
生活において「快」、精神的進路イメージにおいて「快」。
これが快適な暮らしをするための部屋の基本条件です。

■一番欲しいもの
日本のサラリーマンの大多数の方にはボーナスという一時金がもらえる仕組みがあります。
よく考えると、毎月のお給料より高額なお金を、盆と暮れにもらえちゃうわけです。
そこで憶えておきたいのが、「お金と時間はあまらない」という法則です。
毎月20万円の収入の人でお金があまらないとします。
では、毎月50万円の収入の人はお金があまるかというと、もちろんあまらないんですね。
とりあえず、貯金するという考え方の人もあると思いますが、すぐ使うか、後で使うかの差なんです。
若いうちにお金を貯め込むことがいいことだとは申しませんが、入ってくるお金の行き先をちゃんと考えておかないと、胡散霧散(うさんむさん)してしまうのは時間の問題です。結果としてあまらないというお金の性質を上手に利用するためには、「目的」を付けるように工夫することです。
旅行に行く資金、車を買う資金、結婚資金、とりあえず美味しいものを食べる資金、というように決めておくと散財しにくくなります。
そして、複数の目的に回すほどの金額でないとしたら、「一番欲しいもの」 に集中することもいい方法ですね。

■一日一善(いちにちいちぜん)
いまや一日一善というコトバはいくつかの意味があるようです。
一日に一回の食事ですませてダイエットすることも一日一膳(いちにちいちぜん)と言うそうですが、もともとは、一日一回は良いことをしよう、という「徳を積む」心がけのことを言うのですね。
ところがなぜかしら一日一善は過去のコトバになっているようです。
問題は「善」という言葉の意味を大人も子供もわからなくなってきたからなんです。
「悪」とは一言でいうと、人に迷惑をかけることでしょうか。
では、その反対の「善」とは..「人に迷惑をかけない」 であろうという気がしますが、答えとしてはBoo!です。
自分がしてもらたら感謝をしたくなるような思いと行いを、他人にしてあげることを「善」というのです。
人に親切をしたときに、心の奥から暖かいものがこみ上げてくることがあります。
恥ずかしくても勇気を出して電車で席を譲ってあげた時、心の奥が熱くなることがあります。
それは心の奥から光が差してくるからです。
あなたを見守っている天上界霊人の方からの「よくやった〜」という賞賛が投げかけらて、心が温かくなるのです。
この「善」の積み重ねが「徳」となり、運気の低迷時期などに崖から転落を防いでくれる支えとなってくれるのです。
だから「一日一善」とは、毎日自分の心を光で癒やし、徳を積むための賢人の知恵なのですね。
朝行き会った人に自分から笑顔であいさつすることでも、そこで人に快を提供できたとしたら「一善」です。
たとえどんな些細なことでもいいんです。力まず、ちょっとだけ気の利いたことをして「一善」を貯めちゃいましょう。

■優れたひと
「優れた人」というコトバの本当の意味を知っていますか?
「優れた人」というコトバのルーツは「最後までやり遂げるれる人」という意味なんです。
頭のいい人、高得点をとれる人を優れた人といいますが、本当は、「自分が価値を感じれることを最後までやり遂げれる人」が本物の優れた人であるということなんです。
だから、誰にも「優れた人」になるチャンスはあるということなんですね。

■知ったかぶりの損
多くの人は「損」をすることがキライです。
でも、自分が色々知らないことを知られることもキライです。
水は高いところから低いところに流れます。
知恵や知識も、高いところから低いところに流れます。
知ったかぶりするということは、自分は「低くない」といっているわけですから、知恵や知識を獲得することができなくなります。
軽い気持ちで知ったかぶりをして、その場の体裁をとりつくろって、プライドが損しなかったと、ホッとするように思えるかもしれませんが、
それはお金のない人がお金持ちのふりをしているのと一緒で、ミエミエです。
見栄をとって損をするか、見栄を捨ててトクをするか、どちらも自分で選べることです。
知らないことは知らないと認めて、得する人生を選ぶのも知恵というものですね。